池田市の概要
池田市は、大阪府の北部に位置し、南に豊中市、西に兵庫県と隣接しています。大阪(梅田)から電車で約20分の距離にあり、市域北部には五月山、南部には阪急電鉄沿線や国道171号沿線が展開し、大阪国際空港があります。江戸時代には、植木や酒業の産業が盛んで、現在でも伝統産業として受け継がれています。
池田のあゆみ
この地に人が住み始めたのは、縄文時代の頃だとされています。五月山の伊居太(いけだ)神社の参道付近から縄文式土器と一緒に石鍬が発見されていることから、五月山を中心とした狩猟や漁労が行われていたことがわかります。
市域で発見されている古墳は、朝鮮半島からの帰化人である秦氏・漢氏一族と密接な関係をもつと考えられています。秦氏については、当時の戦乱に苦しむ朝鮮半島からの亡命者を日本が受け入れており、その数は二万人にも上るといわれ、その中でも秦氏は最も有力な勢力でした。彼らは先進技能と知識を持っていたために、京都を中心に受け入れが進み、池田にも彼らの居留地が設けられます。また、彼らは中国大陸から技術者を日本へ招聘しました。その痕跡が「クレハトリ」「アヤハトリ」伝説として伊居太神社に残っています。
鎌倉時代の頃には市域は発展しており、呉服田から宇保・尊鉢までの約1kmに渡って商家が軒を連ねて並び、錦屋町というもう一つの町をつくる程だったとされています。また、池田氏の勢力もこの頃から伸びてきています。室町になると、池田教依は池田城を築き、城下町が栄えていきました。
15世紀中頃から続いていた酒造業は、1614年に徳川家康より朱印状を送られて以来、池田の主要産業となり更に発展します。市域はそれまでの城下町から商業のまちへと変化を遂げていき、元禄時代には最盛期を迎えます。また、池田の細河地区で生産される植木は江戸初期には既に全国的に有名で、明治以降は海外にも輸出されるほどでした。
明治に入ってすぐ池田村が誕生し、明治22年には池田町になりました。郵便局、警察、銀行などの開設や現JR福地山線・阪急電車の開通と社会資本の整備が急速に進むと、室町地区の室町住宅が発売されます。これは日本初の建売住宅で池田はその先駆けでした。電車が開通していた事もあってその後も順調に大阪の衛星都市として宅地化が進みます。1938年に大阪空港の前身である「大阪第二飛行場」も完成し、翌年の1939年市制が施行され、府内6番目の市として池田市が誕生しました。1975年には人口10万人を突破し、現在は市街地活性化を目指して歩んでいます。
池田の名前の由来
・古くからこの地は伊居太(いけだ)の里と呼ばれていたことから
・室町時代の豪族池田氏が池田城を構えたことから
などの説があります。
 |
 |
 |
 |
| 池田の歴史についてもっと詳しく知りたい人はこちら↓ |
池田市立歴史民俗資料館 |
| 住所: |
〒563-0029
大阪府池田市五月丘1-10-12 [地図を見る] |
| 電話番号: |
072-751-3019 |
| 開館時間: |
10:00〜18:00 |
| 休館日: |
月・火曜日、国民の祝日、年末年始、展示替え期間 |
| 入館料: |
無料 |
|
 |
 |
 |
 |
|
 |
|